2024年5月10日金曜日

Ryuichi Sakamoto Opus

Aeon Mall Kyoto Katuragawa(京都桂川)

Inside of Aeon Mall Kyoto Katsuragawa

 

Aeon Cinema

Ryuichi Sakamoto Opus

Inside of Aeon Cinema No.8

Ending Roll

  10年ほど前、今の琵琶湖のマンションに住む前には京都市内で終の棲家を探していた。その一つに、JR桂川駅前に出来つつあったマンションを調べに行っている。

  そのマンションをはじめ、近くには大きなイオンモール、学校、銀行などが建設中で新しい街が出来つつあった。その昔この地は、タカラビールの工場で、さらにはその後キリンビールとなり、キリンビールが撤退した跡地であった。

  本日JR桂川駅に降り立つと、大きな街が出来上がっていた。駅からは屋根伝いにイオンモールに入れるようになっており、その一番奥にシネマホールがあった。

  12のシネマホールがあり、本日はNo8ホールでの「Ryuich Sakamoto Opus」を見るためである。Opusとはラテン語で作品という意味である。

  ホールはかなり大きなホールであった。まもなく映画は始まったが、音響は最高である。ピアノの高音から低温まで、すぐそばにあるピアノからの音のように聴こえてくる。

  坂本龍一が亡くなって一年が経った。その前年の年末に世界にWEB配信された演奏の映画であった。演奏会をするには体力が持たないということで、秋から時間をかけて演奏したものである。

  まずは、人生後半の静かな、ゆっくりとしたテンポの自作ピアノ曲を演奏していた。以前聴いたAsyncなども自演している。

  そして後半は映画音楽がピアノで奏でられる。「The sheltering Sky」で始まり、「The Last Emperor」もあり、最後は「Merry Christmas Mr.Lawrence」であった。

  約2時間弱、坂本龍一のピアノを堪能した。自分の曲を、自分で奏でるという、まさしく芸術家そのものの一生を知る機会となった。

  対照的なのは、本年初めに亡くなった小澤征爾である。指揮者としては一流でも、自分の曲を、自分で奏でることは全くなかった。作曲も、楽器を弾くことも出来いない音楽家であった可能性もある。

  はっきりしていることは、小澤征爾は指揮というテクニシャンではあるが、残念ながら芸術家ではないということである。

自作曲 自演奏する 芸術家
(じさくきょく じえんそうする げいじゅつか)

  坂本龍一と比較して、指揮だけ、演奏だけの音楽家は決して芸術家ではないということを再度認識した日でもあった。

0 件のコメント:

コメントを投稿