Tonan High School moving to Site of old Rakuyo Technical High School
(Name changes to Kaiken High School/開建高校)
(Kaiken-Bo/開建坊 was West-South Area of Heian-Kyo)
(Oumi-Shrine, Otsukyo Station)
母校である京都市立塔南高校が旧洛陽工業高校の跡地に移転する予定である。この地には昔は普通科と工業科を有する洛陽高校があった。
高校入学はこの洛陽高校であった。毎日歩いて通っていた。1年後の2年生からは、普通科だけは南の吉祥院地区にできた新設高校、塔南高校に移籍した。この時洛陽高校は工業専科の高校として、洛陽工業高校と名前が変更されている。
そして5年前に、京都市立のもう一つの工業高校であるスクールウォーズで有名な伏見工業高校と洛陽工業高校が合併し、新しく深草地区に京都工学院高校として統合された。
その洛陽工業高校の跡地が空き、そこに塔南高校が移ることになったもの。塔南とは、平安時代の東寺、西寺の塔があった場所の南に位置するとして名付けられている。
洛陽高校、洛陽工業高校のあった地区は、塔の南ではなく、西にあたる。それで、校名が適切でないことから名前が変更されることになったもの。
前書きが長かったが、その新しい名前が開建高校という。聞きなれない名前であるので、調べて見た。
平安京は中国の長安の都の条坊制を採用している。条坊とは、東西に大路として、北から一条、二条、・・・、九条があり、南北には朱雀大路の両側に坊という大路を持つ都市である。
その南西の角の地区が開建坊と呼ばれていた。洛陽高校の位置は、まさしくこの開建坊にあることから、新高校は開建高校と決まったということである。
塔南高校は開校以来ほぼ60年の歴史があり、卒業生には大学教授、弁護士、医師、社長、プロ野球選手、国会議員などがいる。特に有名なのは、毎年ノーベル化学賞の候補に挙がる北川進京大教授、世界的実業家吉田潤喜氏などである。
その名前が無くなることは寂しい思いである。ただ旧洛陽高校でも学んでおり、新高校の場所は懐かしい思い出もある。昔の洛陽高校という名前に戻す手もあったのではないかと思う。
塔南の 名前が消える 寂しかな
(とうなんの なまえがきえる さぶしかな)
開建高校の開校は令和5年4月の予定という。いつか一度新しい高校を訪れたい気持ちである。
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