TV Drama of Kirin-ga-kuru finished yesterday
(WEB News)
Walking 5879 m, 8399 Steps
(Usual Course)
明智光秀の大河テレビドラマが昨日で終了した。最後は本能寺の変の後、3年たった場面で完結となった。
このドラマで2点、注目をしていた。一つは、妻熙子が亡くなった時期である。光秀が山崎の合戦の後伏見で死んだのち、居城であった坂本城が秀吉軍勢に攻められ、その時に自害したと伝えられる。
しかし最近、聖衆来迎寺の仏画の裏に熙子の戒名が書かれている事実が発見され、その時期が天正9年以前のものであるという。本能寺の変は天正10年の出来事で、それ以前に亡くなっていたことになる。この事実からか、今回のドラマでは本能寺の変の前に亡くなったとのストーリーになっていた。
もう一つは、光秀生き残り説である。この点については、光秀が本能寺の変の後亡くなったとしながらも、3年後の場面で光秀が生きているとのうわさをドラマに入れて終了している。
生き残り説は断定できず、あとは視聴者の想像に任せるとの姿勢であった。
次回同じようなドラマを作るなら、「新説明智光秀」という題で、生き残った後の明智光秀の生涯を描くと面白い。明智光秀の見方が変わるのではないかと思う。
新説の 明智光秀 期待する
(しんせつの あけちみつひで きたいする)
0 件のコメント:
コメントを投稿