2022年11月29日火曜日

Ishiyama Midden(石山貝塚)

Otsu-City Buried Cultural Property Research Center 

Excavation Exhibition "Otsu Mukashi・Muka~shi"

Inside of Exhibition
Ano Remains (Yayoi Cho)
Ano Remains (Shimo Sakamoto)
Minami Shiga Remains
Hieitsuji Remains
Imajuku Remains
Ishiyama Midden

  本日の散歩は際川コースを歩き、途中大津市埋蔵文化財調査センターに立ち寄った。「大津 むかし・むか~し」と題して発掘調査結果展を開催しており、見学した。

  入口を入った正面に、石山貝塚から発掘された大きな貝塚が展示されていた。6500年から8000年前の縄文時代の貝塚である。セタシジミやナガタニシなど20数種類で形成され、西日本最大級の淡水産貝塚と言われている。

  そしてその左の部屋に、「大津 むかし・むか~し」展の資料が展示されていた。穴太遺跡、南滋賀遺跡比叡辻遺跡、今宿遺跡などである。

  弥生町の穴太遺跡では9世紀後半から10世紀の平安時代の腰帯具が見つかっている。また下坂本の穴太遺跡では、縄文時代から平安時代にかけての瓦、土器などが出土している。

  南滋賀遺跡では、弥生時代から平安時代の遺構・遺物が発見され、比叡辻遺跡では13世紀から15世紀後半に至る時期の、遺構、皿、石鍋、磁器などが出土している。
 
  今宿遺跡は和邇地区の遺跡で、7世紀ころの単弁六弁蓮華文軒瓦などが発見されている。

  琵琶湖のセタシジミは縄文時代から琵琶湖で採れ、今も食料の一つとして食べられている長い歴史があることを今更認識した。

セタシジミ 縄文人も 食料に
(セタシジミ じょうもんじんも しょくりょうに)

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