2026年8月17日月曜日

Biwa-Lake and Summer Sky(琵琶湖と夏空)


Biwa-Lake
Summer Sky(夏空)

  今朝琵琶湖湖畔を散歩していると、空がどことなく秋らしい雰囲気であった。夏の入道雲も見られない。

  湖といい、空といい、なかなかの絶景であった。このような自然を身近に味わえることに感謝である。

盆すぎて 湖空も 秋近し
(ぼんすぎて みずうみそらも あきちかし)

  しかし、依然として暑い日が続いている。

2026年8月16日日曜日

Female Buds of Loofah(ヘチマの雌蕾)

Female Buds of Loofah at my Balcony
Male Flowers of Loofah at my Balcony

  ベランダのヘチマは、今年は実が取れそうにないと諦めていたが、ようやく雌の蕾が出てきた。まだ花が咲くまでは時間がかかりそうであるが、かなりの数の雌花が咲きそうである。

ヘチマの実 今年も雌花 育ちそう
(ヘチマのみ ことしもめばな そだちそう)

  すでに雄花は咲いており、雌花が咲けばすぐに受粉して、実がなるように段取りしたい。

2026年8月15日土曜日

Ears of Rice(稲穂)


Ears of Rice at Rice Field near Yanagawa

  柳川沿いにある田んぼでは、早くも稲穂が出てきている。田植え以来、三ヶ月半である。

  先日は台風が珍しく東からやってきた。幸い稲には影響なく、稲穂も元気である。これからも台風がやってくると思われ、その被害に遭わないよう祈るばかりである。

台風の 季節に稲穂 耐えるかな

(たいふうの きせつにいなほ たえるかな)

2026年8月14日金曜日

Nusantara(ヌサンタラ)


New Capital City "Nusantara" of Indnesia under Development

  日本では首都東京が災害、地震、火山噴火などで機能しない時のために副首都構想が実行に向けて進んでいる。しかしその候補は大阪、福岡などの既存大都市とされている。

  おそらく大規模地震、災害、火山噴火が起これば既存の大都市も機能不全になることが予想される。

  以前にも提案しているが、長野地区に首都を移す案を進めるのが、真の意味でのリスク回避の方法と考えている。

  インドネシアも日本と同じく、地震、火山噴火、災害の多い国である。発展途上国であるが、ジャカルタに集中している政府機能をボルネオ島のヌサンタラに移転することを決め、当初の計画よりは遅れているが、着々と移転が進んでいるという。

  おそらくリスク回避を真剣に考えての判断と思う。それに対して日本の副首都構想は利権優先の政策であり、リスク回避よりも今の政治の基本である利権主義が動いている。

  本当にリスク回避するなら、長野県に首都を移すのが適切と考えるのは私だけであろうか。長野県のみならず、もう一度リスクの少ない場所を統計的に調べて、首都移転を本格化して欲しいものである。

  インドネシアの判断は、人々の生活を優先したもので、当然のように感じる。

2026年8月13日木曜日

Flower of Loofah(ヘチマの花)


Flower of Loofah(ヘチマの花)at my Balcony
New Bud of Loofah(ヘチマの新芽)

  ベランダの日除にヘチマの蔓を巻かせているが、ようやく大きな黄色の花が咲いた。しかし雄花で雌花は皆無である。

  残念ながら今年はヘチマの実は取れそうにない

  しかし遅ればせながら、プランターに新しい芽が出て、かなり成長してきた。これから蔓を巻くものと思う。

ヘチマの実 今年は出来ず 来年か
(ヘチマのみ ことしはできず らいねんか)

  今年はこの新芽が実まで成長するのか、見守りたい。

2026年8月12日水曜日

Scrape on Pillar(柱の傷)


Scrape on Pillar

  本日、孫家族が車で東京に戻った。夕方には東京に無事ついたとのことで一安心である。

  琵琶湖に来るたびに背丈を測るために、柱に傷を入れている。今回さらに傷をつけると、前回の正月後八ヶ月で、約3cm伸びていた。そして今、身長は135cmであった。

柱傷 三センチ増え 孫背丈
(はしらきず 三センチふえ まごせたけ)

  孫の食欲旺盛なところを見ていると、この正月には140cmも期待される。楽しみである。

2026年8月11日火曜日

Suirokaku(水路閣)

Precinct of Nanzenji-Temple(南禅寺)
(from Sanmon/三門)

Suirokaku in Nanzenji-Temple

Sosui(疏水) to North Direction of Kyoto
(Upper Part of Suirokaku)
Stroganoff(ストロガノフ)of Choice
Vegan Pizza with Salad

  本日は朝から、孫たち家族と南禅寺にある水路閣を見学に出かけた。京都地下鉄蹴上駅から歩いて10分ほどで南禅寺に着いた。大きな三門の上に孫たちは上がり、京都の風景を楽しんだ。まさしく、石川五右衛門の「絶景かな、絶景かな」を経験したことと思う。

  さらに奥にある水路閣を見て回った。煉瓦造りの水道橋である。全くローマなどの水道橋と似ている。その水が流れている疏水に沿って歩いた。

  疏水は蹴上まで来て、京都を南下して淀川につながっている。さらにはこの蹴上からは支流として北の方向にも流れている。この水路が水路閣である。

  その先には浄水場があり京都北部の水道の水源として使われている。その疏水沿いに歩いて、蹴上駅に戻った。

  昼食は京阪七条のベグアウトでとるつもりであったが、臨時休業のため食べられなかった。結局三条京阪に戻り「チョイス」で昼食をとった。本日孫は、ストロガノフとピザの二人前を平らげた。

九歳の 孫の大食 太り気味
(きゅうさいの まごのたいしょく ふとりぎみ)

  孫の大食漢には驚く。聞いたところ、この数ヶ月前からよく食べるようになったという。まだ九歳であり、肥満にならないか心配する。

2026年8月10日月曜日

Robust Cicada(ミンミンゼミ)

You-Tube : https://youtu.be/f0kG3zWRkOU

Robust Cicadas are singing at Forest of Ouni-Shrine

Cold Noodles(冷麺) of Mumokuteki Cafe
Melon Parfait(メロンパフェ)

  本日の朝食は、お昼時に京都ムモクテキカフェで孫家族と共にとった。夏場メニューとして冷麺があり、孫と一緒に食べた。

  ゴマ味の麺に野菜の煮付けとベジミートがついている。誠に美味しく、量も多くお腹いっぱいになった。孫もペロリと完食していた。

ビーガンの 冷麺食べる 美味すぎる

(ビーガンの れいめんたべる うますぎる)

  孫はその後メロンパフェを楽しんでいた。孫は食欲旺盛で、よく食べるようになった。少しお腹も出てきたようで、肥満にならないように願うばかりである。

  食後大津に戻り近江神宮に詣でたが、神宮の森ではミンミンゼミの蝉の声だけが響いていた。クマゼミ、アブラゼミはどこへ行ったのだろうか。

  そしてわずかに聞こえたのであるが、ツクツクボウシの鳴き声も聞こえた。蝉の世界では、すでに秋が近いことを示しているようである。

2026年8月9日日曜日

Birthday Cake(バースデイケーキ)


Birthday Cake of Effe

  本日は次女の誕生日昼食会を京都のビーガンレストラン「エッフェ」で行った。

  次女の旦那の運転する車で京都のエッフェに向かった。車の中は涼しくて快適である。レストラン近くの駐車場に車は置けた。

  昼食としてハンバーグ定食、バジルスパゲッティー、など注文し、食事を楽しんだ。バジルスパゲッティーは旨みがあり美味しかった。孫もハンバーグを喜んで食べていた。

  昼食の後、エッフェ特製のバースデイケーキが出てきて、蝋燭に火を灯した。四十代最後の誕生日ということで、四本の蝋燭を吹き消した。

  このケーキはパウンドケーキで、パイナップル味で本当に美味しかった。

誕生日 パウンドケーキ 祝うかな

(たんじょうび パウンドケーキ いわうかな)

  帰りは一条寺のヘルプで買い物をして、山中越えで大津に戻った。

2026年8月8日土曜日

Lake Biwa Canal Museum(琵琶湖疏水記念館)

Lake Biwa Canal Museum in Kyoto Keage(京都蹴上)

Incline(インクライン)

First Hydroelectric Power Plant in Japan
(日本最初の水力発電所)

  本日は孫家族と一緒に、京都蹴上にある琵琶湖疏水記念館を訪れた。特に次女からのリクエストで、電気工学が専門であるため、日本最初の水力発電所に興味があると言う。

  山科から地下鉄で蹴上で降りて、記念館に向かった。途中日本最初の水力発電所、疏水インクラインを見ながらの散歩になった。

  記念館には疏水工事の資料が展示されており、次女は興味深く見学していた。疏水の水を利用してできた発電所の電気は、日本最初の京都市電に使われ、その当時の市電の模型も展示されていた。

初市電 蹴上発電 動力で

(はつしでん けあげはつでん どうりょくで)

  私の小学低学年の頃までは、この小さな市電は、京都駅から北野天満宮まで実際に走っており、乗ったことがあると説明した。次女、孫はびっくりしたようであった。

  見学後、地下鉄で三条京阪の『チョイス』で食事をして帰宅した。

  今まで何回もこの記念館の前を歩いているが、訪問することはなかった。次女の提案のおかげで、80歳を前にして初めてこの記念館を訪れ有意義な一日となった。

2026年8月7日金曜日

Ilumination by Drone(ドローンによるイルミネーション)


Accident happened in Biwa-Lake Firework (WEB News)

  昨夜の琵琶湖花火大会の最後は、ドローンによるイルミネーションであった。華やかな最後の花火が終わり、観衆が帰りつつある時に、夜空には鮮やかなイルミネーションが再び輝いていた。それも画面がどんどん変わって行く。

  帰り支度しながら、さらに夜空を見続けた。

  その後WEBニュースで、今回の花火でアクシデントがあったとの報道がなされた。

  このドローンによるイルミネーションは花火前に実施される予定であったが、風が強くドローンが飛ばせず、結局終わり頃には風も収まり花火が終了した後になったという。

ドローンの イルミネーション 花火後

(ドローンの イルミネーション はなびあと)

  確かに内容は花火大会の説明、滋賀県の紹介などがあり、順序が逆であったということなら納得である。

  昨年の夕立といい、今回の風といい、野外での催しは天候次第で運営する人の苦労も大変である。

2026年8月6日木曜日

Firework at Biwa-Lake(琵琶湖花火)

Cumulonimbus(入道雲)at Biwa-Lake
Taking Place(場所取り) for viewing Firework
Firework at Biwa~Lake

Illumination using Drone

  本日は琵琶湖花火大会。早朝散歩時に、柳ヶ崎湖畔公園の柳川河口にシートを敷いて場所取りをした。家からも花火は見えるのであるが、発射台の一つは隣の建物で遮られ見ることができない。全部見学するために、公園の場所をシートを置いて確保した。

  夕方になり場所を再度確認すると、そのシートは風で飛ばされて柳川そばに追いやられていた。そこは湿地であるので座ることはできない。幸い、その前に空白地がありそこに再度シートを置いた。

  琵琶湖の東空には、今年初めて入道雲を見ることができた。ノンアルビールを飲みながら、孫家族と一緒にいなり寿司などを食べて花火を待った。

  午後7時35分頃に花火が始まった。発射台は8箇所あるようで、浜大津港からにおの浜にいたる約2kmの範囲での豪華な花火である。午後8時半には終了したが、その後もドローンを使った電飾も披露された。今年が初めての企画であった。

ドローンで イルミネーション 琵琶湖にて
(ドローンで イルミネーション びわこにて)

  昨年は夕立で公園で見ることができず、自宅からの鑑賞であった。湖畔からは花火全体が見学でき、久しぶりの体験であった。

2026年8月5日水曜日

Mahjong(麻雀)

Mahjong in my Tatami Room

  夕方に孫たちがやってきた。明日の琵琶湖花火を見るためである。

  着いた途端、孫は麻雀がしたいという。小学4年生であるが、子供用の麻雀の本を読んで興味を持ったという。

  PCゲームにも夢中であるが、麻雀にも興味があるようである。早速和室で麻雀をして遊んでいた。

小四の 孫が麻雀 興味あり
(しょうよんの まごがマージャン きょうみあり)

  次女家族であるが、次女は明日、明後日はリモートでの仕事があるという。私は麻雀に加わらず、パソコンで仕事ができるようにセットした。

  すでにマンション前の湖畔公園には、場所取りのブルーシートが敷かれていた。自宅からも花火は見られるが、一部見えないところもあるため、明日散歩時に公園の場所取りをする予定である。

2026年8月4日火曜日

Zonbi-Mikado-ism(ゾンビミカドイズム)

Couple of Akishinomiya visited all Japan high School Sports Game in Shiga Prefecture
(from Web News)

  この夏、滋賀県を中心として高校体育大会が開かれている。その総合開会式に秋篠宮ご夫妻が列席された。その後、琵琶湖大津館の横にある琵琶湖環境研究センターも訪問された。

  ところで最近WEBでは、この秋篠宮ご夫妻をバッシングする動画がよく見られる。特に紀子さまをバッシングしている動画が多く、加えて美智子さまも同様にバッシングする動画も見かける。

  逆に、雅子さまは賛美する動画も出てくる。これも具体的な賛美理由がわからない動画である。

  これらを総合して判断すると、どうも市民から皇室に入った人に対して悪い印象を与え、それなりの家系(ゾンビグループ)から皇室に入った人に対しては賛美するという思惑があるようである。

  今の政権が今国会で成立させた法律の中で、皇室典範の改正があった。歴史的に見て天皇は表面上の統治者であったが、それを利用して実権を握った支配者の歴史でもある。

  飛鳥時代における蘇我氏、平安時代の藤原氏、武家社会の源氏、足利氏、織田信長、豊臣秀吉、徳川家など、そして最近では戦前の軍部である。

  現在でも状況は変わりがない。加治将一がいうゾンビミカドイズムである。天皇を祭り上げ、利権者の中で世の中を動かすシステムである。

現政治 ゾンビミカドの 支配なり

(げんせいじ ゾンビミカドの しはいなり)

  その頂点にあるのが現在の首相である。戦前の軍部の支配体制を礼賛する人物でもあり、今回の国会で最も重要な仕事は皇室典範の改正であったと考えてよい。ゾンビミカドイズムがさらに機能できるよう、皇室を利用しようとしていることが目に見えている。

  WEBで出てくるバッシング動画も、ゾンビミカドイズムの誰かが仕掛けているものと判断していい。

  グーミン(愚民?)には、早く気がついてもらいたいものである。

2026年8月3日月曜日

Aung San Suu Kyi(アウンサンスーチー)


Suu Kyi(スーチー)san met International Red Cross Officials 

(from WEB News)

  先日、兄の友達と会ったが、その時にミヤンマーの軍事政権の元で拘束されているスーチーさんの話が出た。

  その友達は京都大学出身で、スーチーさんも京都大学でも学んでおり、その縁でミヤンマーへ行った時にスーチーさんと面談する機会があったという。

  その当時はスーチーさんも自由の身であったそうであるが、その後は軍事政権のクーデターにより幽閉された状況が続いている。

  本日のWEBニュースでは、一時的に解放され、国際赤十字関係者との面談写真を公開している。おそらく、世界に軍事政権の正当性を印象付けるための方策と考えられる。

  華奢な体で、抵抗運動を続けている精神力には感服する。ミヤンマーのガンディーのようで、非暴力主義がいずれ実を結ぶことを願うばかりである。

ミヤンマー 非暴力にて 民主化を

(ミヤンマー ひぼうりょくにて みんしゅかを)

2026年8月2日日曜日

29th One Day Fasting(29回目の一日断食)

Cicada shell at Bank of Yanagawa

Black Cicadas(クマゼミ)at Bank of Yanagawa

  本日は、二ヶ月ぶりに一日断食を実施した。先月はレクイエムの演奏会もあり、断食はしていない。

  早朝散歩すると、相変わらずセミの鳴き声が響いているが、セミの抜け殻を見ることができた。近くの木には、丁度孵化したばかりのクマゼミが鳴く準備をしているところのようであった。

  散歩の後、断食に入った。本日はお茶だけで過ごした。

二ヶ月の 後に断食 茶で過ごす
(二カげつの あとにだんじき ちゃですごす)

2026年8月1日土曜日

My Brother's Friend(兄の友達)


Vegan Restaurant "Effe"

(Karasuma Gojo in Kyoto)

  本日はお昼から兄の高校、大学の同級生であった方と昼食を共にした。ほぼ60年ぶりに会ったが、お元気であった。  

  昼食を共にしたが、場所は烏丸五条のビーガンレストラン「エッフェ」である。風貌は髭を生やして仙人のようであったが、目元など昔の面影は感じられた。

兄の友 60年後 仙人似

(あにのとも ろくじゅうねんご せんにんに)

  兄の友達関係の人々の情報を、色々聞かせてもらった。懐かしいばかりであった。

  昼食の後、三条京阪にある「チョイス」でお茶タイムを過ごした。午後5時まで、限りなく話しは続いた。

  彼は今、洛西ニュータウンに住んでいるが、久しぶりに街中に出てきたので三条、四条を見て回って帰るという。また会うことを約束して、「チョイス」で別れた。

  楽しい一日であった。

2026年7月31日金曜日

Crape Myrtle(百日紅/サルスベリ)

Crape Myrtle at Forest of Oumi-Shrine

  近江神宮の森に百日紅の花が咲いている。夏場から秋にかけて長い間赤い花を咲かせることから百日紅と呼ばれている。

  京都の実家の玄関には、一本の百日紅の木が植えられていた。夏休みに子供を連れて帰省した時にはいつも花を咲かせていた。

百日紅 真夏の帰省 花が咲く
(サルスベリ まなつのきせい はながさく)

  その実家も両親が亡くなった後、売却している。何年か前にその玄関を通りかかったことがあるが、相変わらず百日紅は存在していた。

  懐かしい限りである。