2026年7月9日木曜日

Utusmi Satoru(内海聡)


Doctor Utsumi said "How not to get sick ? "
(from Facebook) 

  久しぶりに内海聡医師の情報が載っていた。今まではYou-Tubeで見ることが多かったが、最近はFacebookによく意見が出ている。

  本日もFacebookに「どうすれば病気にならないか」というテーマで意見を述べている。

・買う時にできるだけ食品添加物を避けること。

・無農薬の野菜を探す努力をする。

・肉は良い豚肉や良い鶏肉を主体に考える。

・魚は産地と青魚を重視する。

・全部を食べる(一物全採)ように意識する。

・甘いもの(砂糖、甘味料)は避ける。

・塩、酢、胡椒、油、醤油、味噌など調味料は厳選する。(これらには可能な限り社会毒を混ぜない)

・水は良い製品を買うか、浄水器で濾過。

・シャワーに浄水器をつける。

・フッ素やサッカリンなしの歯磨き粉を使う。

・マクドナルドやロッテリアなどのジャンクフードは食べない。

・トクホ商品や甘味料や異性化糖入りジュースは飲まない。

・コンビニの食品は食べない。

・チェーン店の食事は食べない。

・電子レンジは温める最終手段であり、基本的には使わない。

・牛乳や乳製品を避ける。

・トランス脂肪酸を常に避けるよう注意する。

  肉・魚の項目以外は、全く同感である。世界で最も多い社会毒(添加物、農薬など)の使用が認められている日本では、上記の指摘は当然のことになる。さらには肉・魚なども汚染されており、動物性食品は完全に食べない方が良いと考えている。

健康に ビーガン食は 必須なり

(けんこうに ビーガンしょくは ひっすうなり)

  ビーガン生活で十分栄養は取れることを、この20年で体験している。

2026年7月8日水曜日

Rainy Season ended(梅雨明け)

Second Leaving Swallow Nest at Garage near my Home

(燕の二度目の巣立ち)

Second Incubation of Swallow at Entrance of Biwako Otsukan

  近畿地方は、本日梅雨が明けたもようと気象庁の発表があった。京都では祇園祭の前後で梅雨が明けると経験しているが、今年は前祭の前の梅雨明けであった。

  祇園祭は、いつも灼熱の中での見学になる。いよいよ、今年も暑い夏がやってきた。

  散歩すると、隣のマンションの燕の雛はすでに巣立ちして、巣は空になっていた。一方琵琶湖大津館玄関では、依然として二度目の抱卵が続いている。

梅雨明けに 燕抱卵 二度目なり
(つゆあけに つばめほうらん にどめなり)

  あと一週間ほどで雛の姿が見られるものと思う。今度は何羽生まれるのだろうか。

2026年7月7日火曜日

Mori Ougai(森鴎外)


You-Tube about Mori Ougai

  You-Tubeを見ていると、森鴎外の画面が出てきた。表題はクズ偉人伝である。

  森鴎外は夏目漱石と並ぶ明治時代の文豪であるが、もう一つの仕事が軍医であった。文豪としては評価が高いが、医者としてはクズであったという記事である。

  明治時代になり森鴎外は陸軍軍医として、兵隊の食事として白米を推奨していた。これに対して海軍は、脚気の原因は白米を食べることにあるとして麦も混ぜていた。しかし、陸軍の兵隊に脚気で亡くなる人が激増していた。一方海軍では脚気患者は少なかった。

  それでも森鴎外は東大医学部の一員として脚気の原因は細菌であると主張し続けた。そのため、何万人という人が脚気で亡くなっていた。これがクズと言われる所以である。

  脚気は玄米に含まれるビタミンBを摂取しないことが原因と、当時別の学者が証明していた。世界最初のビタミンが発見された偉業であったが、森鴎外をはじめとする東大医学部の学閥により無視された。

  翌年にはヨーロッパでビタミンが発見され、発見者にはノーベル賞が授与されている。もし日本の学者の論文が英訳され発表されておれば、日本最初のノーベル賞になったと思われる。

日本初 ノーベル賞が 幻に

(にほんはつ ノーベルしょう まぼろしに)

  森鴎外は小説家として名を残しているが、医者としては失格であったと言える。今の日本でも権威により事実を隠蔽、ねじまげることが行われており、明治時代にその土台は形成されたように思う。

2026年7月6日月曜日

Requiem(レクイエム)

Brahms German Requiem (You-Tube)
Faure Requiem (You-Tube)
Verdi Requiem (You-Tube)
Mozart Requiem (You-Tube)
Dvorak Requiem (You-Tube)

  本日も雨の天候で出かけられないので、ブラームスのドイツレクイエムの余韻を一日味わった。You-Tubeで今まで聴いたことのあるレクエムをYou-Tubeで楽しんだ。

  昨日演奏したブラームスのドイツレクイエム、フォーレ、ヴェルディ、モーツアルト、そしてドヴォルザーク、ブリテンのレクイエムである。

  それぞれに思い出がある。フォーレはドイツの自宅近くの教会で聴いている。ヴェルディはYou-Tubeでモーツアルトはウイーンの教会で、ドヴォルザークは東京の紀尾井ホールで、そしてブリテンの戦争レクイエムはウィーンの楽友教会で聴いている。

  今はYou-Tubeで簡単に聴くことができ、音楽好きにとっては嬉しいことである。

  以前、私の葬儀にはフォーレのレクイエムを流して弔って欲しいと、娘に伝えている。

  今回、ブラームスのドイツレクイエムを歌ってみて、ドイツレクイエムが体に浸透しており、フォーレからドイツレクイエムに変更することで伝えたい。

  しばらく梅雨が続く。

2026年7月5日日曜日

German Requiem of Brahms(ブラームスのドイツレクイエム)


Kyoto Concert Hall

  本日はブラームスのドイツレクイエム演奏の本番の日である。朝8時前には家を出て、京都コンサートホールへ向かった。

  午前中はゲネプロ(リハーサル)でソプラノソロ、バリトンソロ、パイプオルガンも加わり、鈴木優人さん指揮によるに練習が実施された。

  昼食後いよいよ舞台に立つことになった。14時15分頃、一曲目のシューマン交響曲2番の三楽章が終わり、合唱団が舞台に入場した。

  ホールは満員の聴衆であった。演奏が始まり、あっという間に七楽章を終了した。約70分の演奏であった。

  パイプオルガンの重低音が鳴り響くことを期待したが、どうも指揮者の意図により抑えられていたようである。合唱の歌声が響くよう敢えて抑えられたようである。

レクイエム オルガン抑え 声響く
(レクイエム オルガンおさえ こえひびく)

  おかげで合唱がよく聞こえることになり、合唱の曲であることを聴衆にわからしめたのであろう。

  とにかく240人に及ぶ大合唱の響きに酔いしれた。大満足の経験で、この半年の集大成となった。

  演奏終了後、来年はフォーレのレクイエムを演奏するとのアナウスがあった。来年も参加するかはこれから考えたい。

2026年7月4日土曜日

Mini Alumni Association of University(大学ミニ同窓会)

  

 Lunch Dishes at Mumokuteki Cafe in Kyoto

  本日は大学時代の同窓と約20年ぶりに会うことになった。前回は大学の恩師の退職記念パーティーの時であった。

  ただ、初めて三組の夫妻で出会うことになった。お昼時に京都ムモクテキカフェに集まったが、一組は神戸から、一組は箕面から出てきている。一組の奥様は初めての出会いであったが、気さくな方で昔からの知り合いのように会話は進んだ。

  80年余りの人生の色々な話が出てきて、時間はあっという間に過ぎた。午後2時半頃にはムモクテキカフェを出て、寺町、三条、三条京阪まで歩き、チョイスでお茶タイムを過ごした。

同窓の 夫妻で出会う 楽しさや

(どうそうの ふさいでであう たのしさや) 

  午後4時半には散会とした。この上なく楽しい時間が過ごせて、またこのような機会が持てるよう願っている。

2026年7月3日金曜日

Orchestra Rehearsal(オケ合わせ)

Joyo City Cultural Center

Main Hall

Kyoto City Symphony Orchestra
(京都市交響楽団)

  夕方から城陽市にある文化パルケ城陽に出かけた。本日はドイツレクイエム合唱団と京都市交響楽団とのオケ合わせの日であった。

  近鉄京都駅から寺田駅まで乗り、歩いて10分のところに文化パルケ城陽があった。メインホールのロビーに集まり、午後5時半から発声練習、一部合唱の練習をして、ホールに入った。

  舞台にはすでに楽団員が楽器のチューニングに入っていた。このホールにはパイプオルガンはなく、代わりに電子オルガンが置かれていた。まもなく指揮者である鈴木優人さんが指揮台に立った。

  楽章ごとに色々な指摘があり、最後は本番で歌うソプラノのソリストも加わり、通しで歌い切った。ソリストの澄んだ声もホール中に響いた。

レクイエム ソプラノソロの 声響く

(レクイエム ソプラノソロの こえひびく)

  最後に合唱の指導者からは、あと二日はドイツ語の歌詞の意味をもう一度読み返して、その意味を理解して本番では歌って欲しいとの要請であった。

  この日曜日は朝からゲネプロ(リハーサル)、そして午後には本番となる。楽しみにしている。

2026年7月2日木曜日

Conductor's Lesson of German Requiem Choir(ドイツレクイエム合唱の指揮者レッスン)

Condutor`s Lesson of German Requiem Choir (Kuretake Culture Hall)

(Conductor : Mr. Suzuki Yuto / 鈴木優人/ Center Black Costume)

  ドイツレクイエム合唱の指揮者によるレッスンが、伏見丹波橋の京都市呉竹文化会館で実施された。夕方から近鉄京都線で丹波橋に出かけた。

  数日前に近鉄京都駅で脱線事故があったが、すでに復旧し正常に電車は動いていた。

  午後6時半からほぼ9時前までレッスンが続いた。本番では数名のプロの歌い手が加わるが、本日の私の隣ではテノールのプロが歌っていた。

  通しの練習では、ソプラノソロのところはこのテノールがカウンターテノールで歌い上げた。全くソプラノの声である。合唱のところでは普通のテノールの声であった。

テノールが ソプラノ歌う カウンター

(テノールが ソプラノうたう カウンター)

  帰宅後そのプロのカウターテナーを調べた。すると同志社大学グリークラブ出身で、大学卒業後京都市立芸術大学大学院声楽科を出てプロになった人であることが分かった。

  大学時代のグリークラブ出身では、早稲田大学グリークラブ出身の岡村喬生と同じような経歴である。声楽は器楽と違って、成人してから目指してもプロになれる良い例の人物であった。

  いよいよ明日は京都市交響楽団との初顔合わせの練習となる。

2026年7月1日水曜日

Second Incubation of Swallow at Biwako-Otsukan(琵琶湖大津館で二度目の抱卵)

Second Incubation of Swallow at Biwako-Otsukan

Two Chicks in Nest of Neighbor Garage
False Parasol(オオシロカラカサタケ)at Yanagasaki Lakeside Park

  隣のマンション駐車場で雛を育てる燕は、今年二度目の子育てである。最初5羽が元気に育っていたが、本日巣には二羽しか見られなかった。他の三羽はすでに巣立ちしたのかもしれない。

  一方琵琶湖大津館の玄関入り口の燕の巣でも、今年二度目の抱卵に入っている。7月に入っての抱卵であるいが、孵化、巣立ちまで一ヶ月ちょっと。秋の玄鳥去(ツバメサル)時期には十分成鳥になるものと思う。

大津館 燕二度目の 抱卵哉
(おおつかん ツバメにどめの ほうらんや)

  これからも観察を続けたい。

  また柳ヶ崎湖畔公園には大きな白いキノコが生えていた。例年見られるオオシロカラカサタケである。このキノコはどこでも育つようである。

  梅雨のじとじとした気候が続く。

2026年6月30日火曜日

Water Primrose(オオバナミズキンバイ)

Water Primrose at Yanagasaki Lakeside Park

  この梅雨の間に、琵琶湖湖畔の柳ヶ崎湖畔公園には至る所に黄色い大きな花が咲いている。この花は特定外来生物のオオバナミズキンバイである。

  南アメリカの原産で、観賞用水槽草花として輸入されたもので、繁殖力が強く今では野生化して琵琶湖でも駆除の対象になっている。

湖畔では 黄色い花が 満開だ
(こはんでは きいろいはなが まんかいだ)

  年々、その花が目立ってきているように感じる。綺麗な黄色の色で鮮やかであるが、日本種が駆逐され稲作にも影響が及ぶ恐れがあり、生物学的防除など対策が検討されている。