2017年9月26日火曜日

菜食食堂喜心(伊勢市)

喜心の看板
喜心の建物
内部
ランチプレート
煮ものプレート
デザート
穀物コーヒーと豆乳
京都駅発近鉄特急
ISE-SHIMA LINER
伊勢市駅
外宮の説明
一の鳥居
二の鳥居
式年遷宮前の本宮敷地
現在の本宮
勾玉池の図
勾玉池で休憩
懐かしい生姜糖
本日の活動軌跡
歩いた歩数 19961

  本日は、3年ぶりに伊勢に赴いた。前回は祖父の50年祭と父の10年祭を行った時であった。

  伊勢市駅に着いてすぐに昔の我が家の墓地に向かった。すでに京都に移しているが、その後の状況を確認するためである。墓地内をすべて見て回ったが、昔の場所は分からずであった。すでに他の墓地になってしまったのであろうと思う。

  昼食は菜食食堂の喜心でとった。すでに何回も訪れているところである。本日のランチを注文した。食後、デザートとしてケーキと穀物コーヒーをとった。まことに美味しくお腹がいっぱいになった。

  その後外宮に詣でた。相変わらず大勢の人々が参拝に訪れていた。今日は夏の気温に近くまたかなり歩き疲れたので、鳥居を出たところにある勾玉池で休憩をとった。

  そして、参道にある土産物屋を見てみた。見慣れないお菓子などがたくさんあり、土産物も昔とずいぶん変わっている。子供のころよく食べた生姜糖を探してみると、片隅に追いやられてかろうじて健在であった。

  土産物として美味しいお菓子がたくさん出回る今日この頃、古いお菓子はあまり人気がないようである。

2017年9月25日月曜日

福王子神社

福王子神社、大伴黒主神社の位置
(赤ラインは散歩の軌跡)

県道30号線(山中越道)右に入った階段
福王子神社鳥居
福王子神社の説明
本殿
本殿 
近くにある古墳群
近くにある古墳群
散歩の歩数 7530

  県道30号線(山中越道)の入口すぐに右に階段がある。福王子神社の参道となっている。

  この神社は、紀貫之を祀っている。土佐日記で有名な紀貫之の墓は、琵琶湖を望む比叡山の中腹にある。お祭りは近くの大伴黒主神社と同じ10月16日に行われるとのことで、また訪れたいと思う。

  福王子神社から大伴黒主神社に至る森には、古墳群があり、古墳時代後期のものといわれている。

  今日の散歩は、近江神宮から、福王子神社、大伴黒主神社を通り、際川を経由して鏡が浜・柳川河口に戻った。

2017年9月24日日曜日

大伴黒主神社

 山中越道右の山道を右に折れた道
 大伴神社の石標
鳥居
参道階段
 大伴黒主神社の説明
 本殿
本日の歩いた歩数 9225

  山中越道入口右にある山道を登り三叉路手前に右に折れる道がある。この道は小川に沿って下り坂になっており、まもなく左側に神社があることに気づく。登り口に大伴神社の石標でわかる。

  鳥居があり、それをくぐり参道階段を登ると本殿に至る。そこには大伴黒主神社との表記があり、説明がなされている。

  大伴黒主は大友皇子(弘文天皇)の末裔といわれ、古今和歌集で六歌仙の一人であるという。後に、世阿弥は謡曲「志賀」で黒主を描いている。10月16日がお祭りとのことで、ぜひ見てみたいと思う。

  昨日に続いて、今日も今まで歩ていない道を歩くことにより、知らなかった歴史を知ることになった。

2017年9月23日土曜日

ムモクテキカフェ

ムモクテキカフェ寺町側店舗
寺町側のメニュー棚
 
御幸町側店舗
御幸町側店舗
カフェ内部
 駅伝発祥の地の石碑
(三条京阪鴨川土手)
駅伝発祥の地の説明
(三条京阪鴨川土手)
本日の歩いた歩数 8616

  今日は朝から妻の郷里で墓参りをした後、京都に戻りムモクテキカフェで夕食を取った。

  このカフェは東京時代から京都に来ればいつも訪れているところである。今では寺町側から御幸町側まで貫く1・2階を使用した大きな店となっている。カフェのみならずクッキーなどの食べ物、衣料品、台所用品なども売っており、それに加えて料理教室をする調理室もある。

  ビーガン、ベジタリアンの多い海外のお客さんでいつも繁盛している。そのためいつも席に着くまで15分~1時間は待たされる。今日も20分ほど待って、席に着くことが出来た。

  先日も孫を連れて来ているが、その時と同じ料理を注文した。これが肉、魚、乳製品を使用していない料理かと不思議に思うほどうまい。何度食べても飽きることはない。

  帰りは三条通を歩いて京阪三条から地下鉄・JRで帰ったが、三条京阪鴨川土手に駅伝発祥の石碑があることに気が付いた。100年前に日本最初、いや世界最初と考えられる駅伝が開催されたことから、今年記念として建てられたばかりという。

  明治天皇が京都から東京に移動した道をたどって三条大橋から上野不忍池まで、23区間、514kmを3日昼夜をかけて走ったという。関西チームなど参加したが、関東チームが優勝したそうである。町を歩くと新しい発見があるものである。

2017年9月22日金曜日

彼岸花

 柳川土手に咲く彼岸花

 柳川土手に咲く彼岸花
クロアゲハ蝶と彼岸花(柳川土手)
 際川近くに咲く彼岸花
 際川近くに咲く彼岸花
 際川土手に咲く白い彼岸花
  際川土手に咲く白い彼岸花
  際川土手に咲く白い彼岸花
 際川土手に咲く白い彼岸花
市内をサイクリング 距離 23.33km

  お彼岸であるがこの季節、柳川土手には赤い彼岸花、際川近くにも赤い彼岸花が満開である。

  そして際川土手には白い彼岸花も咲き誇っている。緑の絨毯の中に白が際立って見える。

  寒いくらいの気温で、本日から装いも秋冬モードに変えた。今年は昔から言われている「寒さ暑さも彼岸まで」という通りになった。

2017年9月21日木曜日

日本年金機構

大津年金事務所
入口
本日の歩いた歩数 10505

  日本年金機構から調査票が届いている。配偶者の確認である。配偶者控除の変更を連絡することも要件で、例年の確認依頼よりも資料が多い。

  詐欺の多いこの時代、年金機構事務所に出向いて内容について確認した。係員は今回の調査に関しての問い合わせは多いとのことで、要領得た対応であった。記入の内容など確認してくれた。明日投函する予定である。

  散歩は近江神宮を参拝し山中越え道入口から山道を右に折れ、際川に出て鏡が崎のコースを歩いた。久しぶりに1万歩を越えた。

2017年9月20日水曜日

文子天満宮

 天神信仰発祥の神社の石標
 文子天満宮の説明
 鳥居
 本殿
本殿建物
 文子像
 文子像の説明
 菅原道真腰掛石
 菅原道真腰掛石の説明
本日の歩いた歩数 8614

  今日は彼岸の入り。墓参りに出かけると同時に、途中にある六条東洞院近くの文子天満宮に参拝した。

  今まで墓参りに来るたびに、文子天満宮の表示を見ていた。先月25日の天神さんに行った時に、文子天満宮の由来を初めて知った。天神信仰発祥の神社である。

  本堂の回りは歩けるようになっており、文子像、奥には道真が腰かけたという石が残されている。

  道真の乳母であった多治比文子がこの地の自分の家に小さな道真を祀った祠を作ったというのが天神信仰の始まりである。自宅の祠は、北野の地に移動後も小さいなりにも神社として残されている。

  その後、すぐ近くの我が家の墓所に行き墓参りをして、帰宅した。