2018年12月15日土曜日

イタリア往復ドライブ

借りたレンタカー(日産SUV)
 高速道路積雪渋滞のため山道を走る
 高速道路の除雪・凍結防止剤散布車
 イタリアに入ると晴天
 北部イタリアの山々
ミラノに向かう高速道路
 モンツァ近くの高速道路(夕暮れ)
 帰りの高速道路から雪の山々を見る
 イタリア北部の山々
 イタリア北部山間部の村
 イタリア北部の雪山
晴天の中、山頂には雪
オーストリアとの国境
 オーストリア山間部の村
 オーストリア山間部
 途中から雪が降り出す
雪景色
ウィーン市内に入る
ドライブの軌跡(モンツァ ⇒ ウィーン)
ドライブ距離 914km、3507歩 

  昨日は朝8時にアパート出て、レンターカーで一路ミラノ近郊のモンツァに向かった。

  ミケランジェロさん事務所のクリスマスパーティーに出席するためである。グラーツからイタリアの国境を目指したが、途中から雪が激しくなり、高速道路は大渋滞であった。ナビが山道を指示したのでそれに従って走った。

  再度高速道路に入ると、除雪と凍結防止剤を散布する2台の車が道路を全幅遮断しており、渋滞の原因が分かった。

  まもなく2台の車は役目を終わりサービスエレアに外れたので、その後は順調にドライブを続けた。

  イタリアに入ってもしばらくはどんよりした天候であったが、まもなく晴天の空となった。全く日本の日本海側と太平洋側の天候と同じである。

  ベニス、パドバ、ヴェローナ近くを走り、夕方にはミラノ近郊のモンツァに着いた。925kmの走行距離であった。

  そのままクリスマスパーティーに出席して、夜遅くモンツァのホテルに入り宿泊したが、今回の旅行では唯一のホテルである。

  そして、本日は朝8時半にホテルを出発、またベニス近郊を通って、オーストリア国境に達した。昨日と違って、オーストリアに入っても天候はよく、快適であった。

  しかしまもなく曇り空になり、雪が降り出した。結局昨日と同じように雪の中を走ることになった。

  ウィーン近くになると雪も収まり、中央駅南の後半のアパートに入った。帰りは914kmの走行距離であった。

  二日で1839kmと、久しぶりに長距離ドライブを楽しんだ。今回 SUV 車を借りたのは正解で、雪の中も問題なく走ることが出来た。

2018年12月14日金曜日

Festa di Natale-Saluti(クリスマスパーティー)

ミケランジェロさんの事務所
クリスマスパーティ前の様子
クリスマスパーティー
(Festa di Natale-Saluti)
パオラさんのクリスマスパーティーの料理説明
前菜、パスタ、メイン、デザート
前菜
パン(椀に入れられてる)
ノンアルコール果実飲み物
パスタ
メイン(セイタン、太郎芋、キャベツ)
デザート(パネトーネ)
ノンアルコールシャンパン
パネトーネ(お土産)

壁に掛かるドロップ絵画(ヴィバルディの四季冬)

ドロップ絵画(ストラビンスキーの火の鳥)
ドロップ絵画(オルフのカルミナブラーナ
本日の移動軌跡(イタリアへドライブ)
ウィーン ⇒ モンツァ(ミラノ近郊)
移動距離 925km、歩数 2904歩

  ミケランジェロさんの事務所では本日クリスマスパーティーを開催する。出席するためにミラノ近郊のモンツァにまでドライブした。

  夜8時半からパーティーは始まった。参加者は40人近い。この事務所ではヴィーガン生活を推進しているので、料理は完全ヴィーガンのイタリアンである。

  前菜、パスタ、メインと料理が続き、最後にデザートが出た。その後ノンアルコールのシャンパンを抜いて最後の乾杯となった。いつものことながらヴィーガンといえ、イタリアン料理はおいしい。

  息子さんであるアンドレアさんが大津で世話になったこともあり、今回もミケランジェロさんはパーティー代を受け取らなかった。

  夜0時過ぎ、事務所を出る時に料理人であるパオラさんにも御礼を伝え、ホテルに入った。

2018年12月13日木曜日

Riccard Muti(リッカルド・ムーティ)

 楽友協会、本日の演奏のポスター(売り切れ)
 立見席の表示(STEHPLATZ)
 立見席入口の列
 演奏前のホール
 天井とシャンデリア
 終了後の指揮者 Muti とウィーンフィルメンバー
移動の軌跡(空港、楽友協会)
歩いた距離 8.21km、9577歩

  指揮者の巨匠といえば、歴史的に見ればトスカニーニカラヤン、そして現代ではムーティである。今日は楽友協会でウィーンフィルをこのムーティが指揮するとのことで聴きに出かけた。

  ウィーンに来てすぐにこのチケットを買いに出かけたがすでに売り切れで、立見席しか買うことが出来なかった。本日も立ち見であるが、チケットを持っているので18時45分の開場に間に合うよう出かけ、真正面の立見席最前列に陣取ることが出来た。

  最初はモーツアルトのフルート協奏曲で、フルートは Karl-Heinz Schutz であった。いつものモーツアルトの流れるような簡素な響きである。

  休憩の後、ブルックナーの交響曲7番が続いた。この曲は初めて聴いた。各楽章とも金管楽器が響き渡る。チューバの低い音も響き、独特の大音響である。

  このホールは大きな金管楽器の音も、止めるとサッと音が止む。よく響くと共に音の切れも大変良い。大きな金管楽器の音もうるさくは聴こえない。

  終了後拍手の中、 Muti の写真を撮ることが出来た。案外小柄である。指揮については大げさな動作はまったくない。正統派の指揮者ではないかと思う。気持ちよく音楽を楽しめた。

  本日はお昼間に空港へ行き、レンタカーを借りた。明日からはイタリアへドライブに出かける。

2018年12月12日水曜日

ナブッコ

立見席売場に並ぶ
劇場内部
演奏前の様子(動画)
 モニターに出る 「NABUCCO」 の曲目
指揮者は Paolo Carignani
Nabucco 役は Luca Salsi

演奏が終わって

ソリストの挨拶

合唱団
移動の軌跡(国立オペラハウス)
歩いた距離 2.1km、4442歩

  ヴェルディ作曲のナブッコはすでに何回か今シーズンの国立オペラハウスで上演されている。今日が今シーズン最後の上演ということで、切符売り切れのため当日発売の立見席売場に15:30から並んだ。

  話は、バビロニア王ナブッコとユダヤとの争いの中で、ユダヤ人を奴隷としてバビロニアに連れ帰る。その奴隷が望郷の念で歌うのが一番有名な歌「行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って」である。

  結局、長女とユダヤに人質になっていた次女との王位争いとなるが、最後には長女が毒を飲んで自殺し、次女が王位の継承者となりユダヤも含め支配することになる。

  ナブッコは今までも生のオペラを見たり、ホームシアターのDVDでも見たりしている。美しい旋律の歌、合唱がたっぷりである。何とっても「行け、我が思いよ、黄金の翼に乗って」が最高である。イタリアでは第二の国歌といわれている。

  ヴェルディが作曲した当時イタリアはオーストリアに支配されていた。初演はかの有名なトスカニーニの指揮で実施され、奴隷の望郷の念と同じ感情から熱狂的に受け入れらたという。

  最後は長女が亡くなり、次女と王が静かに歌う。二重唱の終わりは長々とピアニシモが響き渡る。

  ナブッコ役のバリトンといい、長女、次女役とも素晴らしい声量で、人間の声の素晴らしさを堪能させてくれた。さらにオペラ鑑賞、オーケストラを楽しむ予定。

2018年12月11日火曜日

車内検札

ウィーン地下鉄
一ヶ月券(12月)
 Wien Mitte 駅ビル
移動軌跡(Wien Mitte を見て歩く)
移動距離 9.63km、3514歩

  ウィーン市内の移動には、地下鉄、トラム、バス、S-Bahnなどを使っているが、12月は1日から利用するので12月券を購入している。

  ウィーンに来て一か月が過ぎているが、今まで車内検札にあったことはない。昨日、市中心街へ行く地下鉄で初めて検札を受けた。

  普通のラフな服の男性が、突然検札しますといってチェックしだした。乗客も慣れているようですぐにチケットを見せる準備をしていた。

  12月券を見せると、すぐにダンケといって次の席に移って行った。少なくとも見ている範囲ではすべての人が券を見せており、不正を指摘されている人はいなかった。

  ドイツ時代も車内検札は何度も受けているが、不正の現場は見たことがなかった。ほとんどの人は乗車券を持っているようである。

  もし不正が見つかれば、どんな理由があってもかなりの額の罰金が科せられる。この制度があるため、駅には改札もなく駅員もいない。

  しかし、不正は少なからずあるものと思うが、それを防ぐために改札、駅員を配置するには大変な経費がかかるのであろう。

  日本は一人残らず不正を許さないとの姿勢で駅出入り口に改札があり、人員が配置されている。どちらがよいのか、いつも考えさせられる。