今治城跡の石碑
吹揚神社石標
城内の配置図
鉄御門の説明
鉄御門
高麗御門跡の説明
高麗御門跡(灰色に塗られたところ)
勘兵衛石の説明
勘兵衛石(城最大の石)
藤堂高虎像
藤堂高虎は今治を含む伊予半石の領主であった
天守と藤堂高虎像
天守閣入口の櫓門
天守閣
吹揚神社の説明
吹揚神社鳥居
拝殿門
本殿
堀(海とつながっており海水)
堀では海の魚が泳いでいる
ヒラメ
本日の散歩 7.61km、10903歩
昨日朝はレストランマグノリアへ行く前に時間があったので、今治城を見て歩いた。今まで何回も今治に来ているがこの城を見学することはなかった。
入口には今治城跡と刻まれた大きな石碑がある。入口道の反対側には吹揚神社の石標もある。
道を進むと鉄御門に来るが、説明によるとこの門の前にはもう一つ高麗門があったという。今ではそのあった位置に灰色で印がつけられていた。
そのすぐ突き当りの石垣に巨大な石が使われている。勘兵衛石と呼ばれ、今治城の築城奉行であった渡辺勘兵衛にちなんだ名前で呼ばれている。
二の丸・三の丸跡の広場には藤堂高虎の像がそびえる。関ケ原の戦いで功績を上げて徳川家康から今治も加増され、伊予半国の領主となった。そして今治城を築いている。
天守閣にも入れるのであるが、時間が早くまだ開館しておらず横にある吹揚神社にお参りした。
この神社はもともと今治市内に鎮座していた四つの神社を明治になって合祀したもの。その後、藤堂高虎も祀られている。
神社を出たところで小学生たちが先生の指導のもと社会調査しており、インタビューを受けた。どこから、目的は、などであった。関西から観光に来たと答えた。ウォーキングしている人が見られることから、近くの人のみならずそんな遠くからも来ていると驚きの反応であった。
城を出て、堀も歩いた。堀は海とつながっており、ヒラメも見られた。ちょうど潮が引きつつあるところで堀の水が少なくなりつつあった。
昨日はこの後、玉川にあるマグノリアに向かった。