2017年9月29日金曜日

JRで伊勢の旅

JR大津京駅から山科へ
湖西線電車
山科駅から草津へ
東海道線(琵琶湖線)電車
草津駅から柘植へ
草津線電車
柘植駅から亀山へ
関西線ディーゼル列車
亀山駅から伊勢へ
紀勢線・参宮線ディーゼル列車
JR伊勢市駅着
我が家の昔の墓のあった墓地
 喜心で昼食(レンズ豆のカレーセット)
 ケーキと紅茶
内宮手前のおかげ横丁
おかげ横丁の人出
 赤福の店
内宮の説明
 宇治橋の鳥居
 宇治橋から見た五十鈴川
もう一つの宇治橋の鳥居
 一の鳥居(右に手水舎)
五十鈴川御手洗場
 二の鳥居
 内宮本宮に参拝
本日の歩いた歩数 16785

  子供のころ伊勢に行くことが多かったが、そのルートは京都から近鉄(旧奈良電と近鉄)で行く方法と、JR(旧国鉄)東海道線・草津線・関西線・紀勢線・参宮線で行く方法の二つがあった。時間的には近鉄の方が早いため、近鉄を使うことが多かった。

   今から60年ほど前にはJRルートを使って、蒸気機関車で行った記憶が残っている。今日はJR鈍行列車で伊勢行を試みた。

  大津京駅から山科、草津、柘植、亀山で乗り換えて、伊勢市駅に着く。約3時間半かかった。先日は近鉄特急を利用したが、時間は2時間半であった。1時間余計にかかるが、値段は鈍行であるため1500円ほど安い。今日は秋晴れで田園と山間の緑を存分に味わった。

  先日、昔の我が家の墓場を探してみたが分からなかった。昨夜、30年ほど前の8ミリフィルムの動画を再度見てみたところ、墓場近くの特徴を見ることが出来たので再度調べることにした。

  フィルムに写っている建物はずばり今も存在していることが確認できたが、墓場近くの特徴ある場所は分からなかった。長い年月の間に、様態が変わってしまっているようである。結局、旧墓場調査は諦めることにした。

  昼食は先日と同じ喜心で、今回はカレーセットとケーキをとった。あと久しぶりに紅茶を飲んだ。最近は三年番茶ばかり飲んでいる。

  先日は外宮に詣でたが、今日は内宮に行くことにした。昔はなかったおかげ横丁は大変な人出である。有名な赤福店は相変わらず繁盛していた。

  宇治橋を渡り、五十鈴川で手を洗い、一の鳥居、二の鳥居を通り、内宮本宮にお参りした。帰りもJR伊勢市駅からJRで帰った。往きはほとんどガラガラの状態であったが、帰りは夜の帰宅時間でもあり、列車はほぼ座席がいっぱいであった。

2017年9月28日木曜日

消防設備点検

立て看板の表示
 管理室消防設備制御盤
 住戸玄関の点検接続点(赤印)
 火災探知機の点検
通路に置かれた消火器
消火器の点検
点検済証を貼り付ける
消火栓・ホース格納箱
消火栓・ホース
消火栓・ホースの点検
電源コンセントの点検
 消火栓
消火栓の点検
玄関ロビーの消火器
玄関ロビーの消火器の点検
 玄関外部消火器
 駐車場消火器
駐車場消火器の点検
点検済証を貼り付ける
 駐車場消火器
 外部地上の消防用敷地(駐車禁止)
消防車用つなぎ口
 消防車用つなぎ口の点検
 避難はしご口
 玄関ロビー防火シャッター点検口
 防火シャッターの点検
防火シャッターの点検
散歩の歩数 8895

  今年はマンションの管理組合の防火担当をしているため、年2回義務づけられている消防設備点検に立ち会った。点検自体は管理会社が実施するが、その内容を確認するためである。

  各住戸のすべての部屋に火災探知機がついており、このチェックは各住戸の玄関にある点検接続点に点検器を繋ぐことにより可能になっている。住戸の中に入る必要はない。すべての住戸の点検の結果、問題なかった。

  消火器の点検では、本日の日付の入った点検済証を貼り付けている。消火栓、ホースなども点検し、問題は見られなかった。駐車場にも消火器があるが、これは大きなもので、長いホースで消火する場所まで持ち運ぶタイプとなっている。駐車場内にもそのホースの先をつなぐく口があり地下の消火にも対応している。

  防火シャッターの点検は実際シャッターを上げ下ろしして確認していた。最後に避難はしごの点検を実施し、終了した。

  9時から12時までかかった点検であった。来月下旬には、消防署が来て消防訓練が予定されており、実際に消火の実演をすることになるものと思う。

2017年9月27日水曜日

際川神社

陸上自衛隊大津駐屯地
向かいにある際川神社
 際川神社鳥居
(鳥居柱中ほどに落下傘形灯篭が見える)
落下傘形灯篭
際川神社
際川神社
地主神社
地主神社
本日の散歩 8631歩

  鏡が浜近く、国道161号線沿いに陸上自衛隊大津駐屯地がある。際川神社はその向かい、際川沿いに位置している。この神社は旧大津海軍航空隊の守護として創建されたものという。当時奉納された落下傘の形をした灯篭が見られる。

  戦後は地元に返還され村の鎮守さまとして、地主神社と共に鎮座している。地主神社の創建は長暦年間(1037~1040年)とされている。身近にある神社にも長い歴史があり興味深い。

  際川沿いの散歩のときはこの横を歩いており、さらに際川に沿って鏡が浜に入り、湖畔を歩くことになる。